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神戸地方裁判所 昭和57年(ワ)276号 判決

原告

森田康司

ほか二名

被告

兵庫県

ほか一名

主文

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自原告森田康司に対し金一億五六九万七一〇円、原告森田幸夫、同森田フミコに対し各金五六五万円及びこれらに対する昭和五四年三月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告森田康司(以下、原告康司という。)は、昭和三三年七月一七日に生まれ、高校卒業後製材所に見習工として勤務していたものであり、原告森田幸夫(以下、原告幸夫という。)、同森田フミコ(以下、原告フミコという。)は原告康司の両親である。

(二) 被告兵庫県(以下、被告県という。)は後記交通事故現場である県道溝黒竹田線の道路管理者である。

(三) 被告住吉武(以下、被告住吉という。)は、後記交通事故現場付近において「但馬産業」の名称で山土採取業を営んでいたものである。

2  事故の発生

原告康司は、昭和五四年三月二四日午後一一時五分頃、友人の浦野隆(以下、浦野という。)が運転する普通乗用自動車(以下、本件車両又は事故車という。)の後部座席に同乗し、県道溝黒竹田線を時速約七〇キロメートルで西進し、兵庫県朝来郡山東町迫間八番地の二先路上にさしかかつたところ、当時進路上は降雨直後のため路面が湿潤していたうえ、進行方向に約二〇〇メートル、幅四メートル、厚さ〇・五ないし〇・八センチメートルにわたつて山土が堆積しており、車両がスリツプしやすい状態にあつた。そこで、浦野が自動車の減速操作を行なつたところ、本件車両は突然山土上でスリツプし、横すべりの状態で道路左端にあつた側溝コンクリート壁に前部から激突して横転大破し、このため原告康司は脳幹部挫傷、後頭部挫傷の傷害を負つた。

3  被告住吉の責任

本件事故の原因となった山土は、被告住吉が本件事故現場付近に開設する土取場から、採取した山土をトラツクで搬出する際、トラツクの車輪等に付着した土が道路上にこぼれ落ちて堆積し形成されたものである。

右のように道路上に土が堆積しているとき、ことに降雨があつたときは、車両がスリツプしやすく、その通行上極めて危険な状態となる。したがつて被告住吉としては、トラツクに付着した土が道路上に落ちないよう配慮し、落ちた土についても直ちに除去するなど、道路交通の安全に支障がないよう万全を尽すべき義務がある。ところが被告住吉は右義務を怠り、本件事故現場の山土を放置した過失により本件事故を招いたのであるから、民法七〇九条にもとづき損害賠償の責任を負う。

4  被告県の責任

右のとおり本件事故現場付近道路には山土が堆積し、車両の通行上極めて危険な状態にあつた。しかもそのような状態は相当以前から日常化していたものである。したがつて道路管理者である被告県としては、道路交通上の安全を保持するため、自ら山土の堆積を除去するか、被告住吉をして山土の堆積防止及び除去の措置を講じさせる義務があつたのに、これを怠り、山土堆積を放置していたことは、道路管理上の瑕疵にあたるというべきである。したがつて被告県は国家賠償法二条にもとづき本件事故について損害賠償の責任がある。

5  損害

(一) 傷害の程度及び後遺障害

原告康司は、本件事故により脳幹部挫傷、後頭部挫傷の傷害を負い、意識不明の状態で病院に運び込まれ、その後種々の治療により意識は回復したものの、現在も四肢運動障害、言語障害、燕下障害、屎尿失禁の状態が続き、回復の見込みがたたないまま自宅療養を続けている。

(二) 原告康司の損害

(1) 逸失利益 七三一〇万七六五六円

後遺障害等級 一級

労働能力喪失率 一〇〇パーセント

稼動可能期間 四七年

新ホフマン係数 二三・八三二二

年収(昭和五四年度賃金センサス男子新高卒労働者平均賃金) 三〇六万七六〇〇円

(式)

3,067,600円×23.8322=73,107,656円

(2) 慰藉料 一五〇〇万円

(3) 治療費 一四二万三七九〇円

(4) 付添介護料 四七〇九万五二二〇円

介護費 一日あたり五〇〇〇円

平均余命 五四・三二年

新ホフマン係数 二五・八〇五六

(式)

5000円×365×25.8056=47,095,220円

(5) 雑費(入院並びに自宅療養) 九四一万九〇四四円

一日当り一〇〇〇円を要する

(式)

1000円×365×25.8056=9,419,044円

(6) 特別出費 三八四万五〇〇〇円

別紙明細表のとおり

(7) 弁護士費用 八〇〇万円

(8) 損害の填補 五二二〇万円

自賠責保険より 二二七〇万円

任意保険より 二九〇〇万円

浦野支払分 五〇万円

以上合計 一億五六九万七一〇円

(三) 原告幸夫、同フミコの損害

(1) 慰藉料 各自五〇〇万円

最愛の息子である原告康司が、本件事故により一生回復の見込みのない重度の身体障害を負うに至つたことは死にもまして苦しみの大きいものがある。しかも康司は排尿排便はもちろん手足を動かすことも寝返りを打つこともできず、チユーブによる栄養補給によつて辛うじて生命を維持しているのであり、原告幸夫らが一切の世話を行なう必要がある。この状態は一生続くと予想され、原告幸夫らの肉体的精神的負担はまことに大きいものがある。したがつて、その精神的損害は各自五〇〇万円を下らない。

(2) 弁護士費用 各自六五万円

6  よつて、原告らは、被告住吉に対し民法七〇九条、被告県に対し国家賠償法二条にそれぞれもとづき、本件事故の損害賠償金として請求の趣旨記載の金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告らの主張

1  被告住吉

(一) 請求原因1の事実は認める。

(二) 同2のうち、原告主張の日時場所において、原告康司の同乗していた車両が自損事故により大破し、同原告が脳幹部挫傷等の傷害を負つたこと、当時進路上が降雨のため湿潤していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(三) 同3の事実は否認し、被告住吉の責任は争う。

(四) 同5の事実は不知。

(五) 被告住吉の主張

(1) 本件事故当時、事故現場付近道路には山土の堆積はなかつた。

すなわち、被告住吉は、事故以前からアルバイトを雇つて現場付近道路の清掃をさせており、事故当日も土取作業終了時点で最終的な清掃を行い、道路の汚れがないことを確認している。

また、事故当日の天候は雨であり、夕方特に強く降つたので、これによつても道路上の土砂は一掃されているはずである。

(2) なるほど、甲第六号証の実況見分調書には、原告主張のような山土の堆積が記載されている。しかし、右実況見分は事故翌日の午前九時ころ行なわれたもので、右山土の堆積は同日早朝の土取作業により形成されたものである。

(3) 仮に、ある程度の土による道路の汚れがあつたとしても、本件事故との因果関係はない。

(4) 土による道路の汚れは、種々の地形、天候の変化など自然の中に存在している道路の宿命であつて、それ自体違法とはいえない。

車両運転者は、常にそのようなことを予測して運転する義務があり、現に本件事故以前に、被告住吉の土取場付近で土の堆積を原因とする事故が発生したことは一度もない。

(5) 本件事故は、浦野の次のような不注意な運転が重なり発生したものである。

ア 雨により湿潤し、カーブ状態となつている事故現場道路を時速九〇キロメートルの高速で走行した。

イ 右により大きく対向車線にはみ出す状態となつたので、急な減速をしなければならなかつた。

ウ 減速の方法を誤まり、シフトダウンをしたので、後輪にのみブレーキがかかり、車の安定を崩した。

エ 車の安定を崩した後、急ブレーキをかけ続けたので、ハンドル操作ができなくなり、車の安定を取り戻すことが出来なかつた。

2  被告県

(一) 請求原因1のうち、(二)は認める。(一)、(三)は知らない。

(二) 同2の事実は知らない。

(三) 同4の事実は否認し、被告県の責任は争う。

(四) 同5の事実は知らない。

(五) 被告県の主張

(1) 本件事故当時、事故現場付近道路に山土の堆積がなかつたこと、仮にあつたとしても事故との因果関係がないことは、被告住吉主張のとおりである。

(2) 仮に土の堆積があつたとしても、被告県には以下の理由から管理の瑕疵はない。

ア 本件事故現場は、周囲を田畑に囲まれ、交通量も少ない田舎道であり、その安全性の基準は、都市道路と比較してかなり下回るのが当然である。田舎道では、自然的原因等から道路が土砂で汚損されることも、日常ひんぱんに発生することであり、これを完全に排除することは不可能である。一方、車両運転者としても当然そのような事態を予測して走行する義務がある。したがつて、道路上に土が堆積していたからといつて通常の安全性を欠くとはいえない。

ウ 本件事故は、浦野の無謀かつ未熟な運転すなわち、夜間カーブの多い道を時速七〇ないし九〇キロメートルの猛スピードで走行し、しかも山土の堆積を発見するやあわてふためいてチエンジダウンし、ブレーキを踏むという危険な行為に出たために発生したものである。

営造物の管理者は、利用者が右のように通常の用法に従わない場合まで予想して万全の管理をする義務はない。

エ 仮に、右土の堆積が通常の安全性を欠いていたとしても、それは管理上の瑕疵に帰因するものではない。

被告県は、本件道路をその交通量等から三日に一度のパトロール路線と定め、それに基づきパトロールを実施し、土の堆積があればその除去を指示しているのであり、その管理に瑕疵はない。

三  抗弁(被告住吉)

原告らは、浦野と示談をし、本件事故による損害賠償の残債務を免除している。

右債務免除の効力は被告住吉にも及ぶ。

四  抗弁に対する認否

抗弁は争う。

第三証拠

本件記録中の証拠関係目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当事者

1  原告康司が昭和三三年七月一七日、原告幸夫、同フミコの間に生まれ、高校卒業後製材所に勤務していたことは原告らと被告住吉間で争いがなく、原告と被告県間では成立に争いのない甲第一号証、原告幸夫本人尋問の結果によつてこれを認めることができる。

2  被告県が後記交通事故現場である県道溝黒竹田線の管理者であること、被告住吉が同現場付近で「但馬産業」の名称で土取場を開設していることは、原告らと各被告間でそれぞれ争いがない。

二  交通事故の発生

成立に争いのない甲第四ないし第八、第一一、第一五ないし第一九号証、乙第一、第三号証、本件事故現場付近の写真であることに争いのない検甲第三号証の一ないし九、証人太田清翁、同浦野隆の各証言によれば、以下の事実が認められ、他にその認定を覆すに足りる証拠はない。

原告康司は、昭和五四年三月二四日午後一〇時ころ、高校時代の友人である浦野隆運転の普通乗用自動車(姫路五五や四〇五三)に同乗(乗車位置は後部座席右側)し、京都府下をドライブして帰宅する途中、午後一一時〇五分ころ、兵庫県朝来郡山東町迫間八番地の二先の県道溝黒竹田線を同町溝黒方面から和田山町竹田方面に向つて西進走行していた際、運転者の浦野が減速しようとして、ギヤを一段階落とす操作(シフトダウン)をしたところ、突然車両後部が右に振れたため、同人があわてて急ブレーキを踏むや、車両は約四〇メートル滑走し、道路左側のコンクリート壁に車両右側部から激突し、この事故により原告康司は脳幹部挫傷、後頭部挫傷の重傷を負つた(なお、右日時場所で、原告康司同乗の車両が衝突事故を起こし、原告康司が右の傷害を負つたことは、原告らと被告住吉との間で争いがない。)。

三  事故の原因

1  事故現場の状況

前掲甲第六、第七、第一八号証、検甲一号証の一ないし三、第三号証の一ないし九によれば、以下の事実が認められる。

本件事故現場付近の状況は別紙見取図(一)のとおりである。現場道路は東西に通ずる幅員六・五メートルのアスフアルト道路であり、両側は田圃である。最高速度の指定はなく(したがつて制限速度は道路交通法施行令一一条一号により、時速六〇キロメートルとなる。)、夜間の交通量は少ない。衝突地点の東方約八五メートルの地点に被告住吉が開設する土取場の出入口があり、そこからさらに東方約六〇メートルの地点にかけて、南東から西へ通じるゆるやかなカーブ(別紙見取図(一)中〈1〉ないし〈5〉に至るカーブ地点)となつている。また、事故当日の雨により、事故当時路面は湿潤していた(事故当時路面が湿潤していたことは、原告らと被告住吉間で争いがない。)。

2  山土の堆積

前掲甲第五、第六号証及び証人伊藤猛の証言によれば、和田山警察署では本件事故直後の三月二四日午後一一時一〇分ころ、本件事故発生の一一〇番通報を受け、数名の警察官が現場に急行したこと、右警察官らは同日午後一一時二五分から翌二五日午前〇時二〇分までの間、現場の実況見分を行なつたことが認められる。

右実況見分の結果を記載した実況見分調書(甲第六号証)には、前記土取場入口付近から西方に向けて二〇〇メートルにわたり、真砂土が道路南側車線上から一部北側車線上にかけて、幅約四・一メートル、厚さ約〇・五ないし〇・八センチメートル堆積していた旨の記載があり、その状況及びスリツプ痕の位置、長さ等が同調書添付の見取図に明示されている(別紙見取図(二)参照)。

しかしながら、右調書上、事故直後の実況見分であれば当然確認されるはずの山土堆積上のスリツプ痕が全く確認されておらず、確認できなかつた旨の記載もないこと、実況見分時の交通量に関しては、車は三〇分間に約一台との記載があり、事故後約二〇分後に実況見分が開始されていることからして、山土堆積上のスリツプ痕が実況見分時までに消失してしまい、その痕跡も止めていないとは考えられないこと、本件は運転者を含め三名の負傷者を出した重大事故であつて、慎重な捜査を要すべき事件であるのに、実況見分時に現場写真を撮つた形跡もなく、同調書にも写真は添付されていないこと、同調書の記載自体も、A点、B点の記入洩れがあるうえ、乗者人数も五人と誤記されているなど、調書記載に多大の疑問があること、一方、被告住吉本人尋問の結果によれば、被告住吉の従業員が事故翌日の午前九時ころ、現場の測量らしきことをしている警察官の姿を目撃していること、事故翌日の早朝から午前九時ころまでの間に七、八台のトラツク(一一トン車)が山土を積載して事故現場を通過しており、右トラツクから相当量の山土が現場道路に落下したことが認められること等を考慮すれば、右実況見分調書の記載のうち、少なくとも山土堆積の範囲、厚さに関する部分は、事故直後ではなく翌日の午前九時ころ行なわれた実況見分にもとづいて記載された疑いが強く、そうだとすると、右山土堆積についての記載は、本件事故当時の事故現場状況を示す証拠としては、十分信用することができないものといわざるを得ない。

これに対し、証人川崎訓生の証言、被告住吉本人尋問の結果及びこれらによつて真正に成立したと認められる丙第一号証によれば、証人川崎は被告住吉の土取場にアルバイトとして雇われていたが、事故当日の夕方、事故現場を含む土取場入口付近道路を、ホースで水を流し、スコツプで土を削り取る等の方法で清掃していること、事故当日は一日中雨が降つたり止んだりの天候であり、ことに午後九時ころに一時強く降つたことが認められ、これら事実によれば、本件事故の以前、現場付近に存在した山土は、右清掃及び雨により洗い流され、事故当時には山土の堆積はほとんど無かつたか、あつたとしても自動車の通行に障害とならない程度の僅かなものであつたと推認されるのであつて、これに反する甲第六、一五、二〇号証、証人伊藤猛、同太田清翁、同奥藤正美の証言はたやすく措信できず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

3  そこで、進んで本件事故の原因について検討する。

(一)  スリツプ痕

前掲甲第六号証によれば、事故現場に残されたスリツプ痕は、衝突地点の東方四〇・五メートル、道路南端から北へ五・八メートルの地点(以下、A地点という。)から道路と平行に西に直進し、わずかに左にカーブしながら衝突地点の東方一〇・七メートル、道路南端から北へ四・一メートルの地点(以下、B地点という。)に至つており、右B地点から衝突地点までは確認されていない(別紙見取図(二)参照)。

(二)  本件車両の速度

右スリツプ痕はB地点から衝突地点までは確認されていないが、実際にはその間にも存在したと考えられるから、スリツプ痕全体の長さは約四〇・五メートルである。

この点に、前掲甲第八号証、成立に争いのない甲第一一号証によつて認められる本件車両の破損状況、原告康司の負傷状況を考慮し、さらに湿潤したアスフアルト路面の摩擦係数を〇・五とし、被告住吉本人尋問の結果によつて真正に成立したと認められる丙第三号証記載の方法(同書証一七頁以下)でA地点における本件車両の速度を算出すると、時速約八二キロメートルとなる。

そして、前記二で認定した事実によれば、運転者の浦野は、A地点直前で急ブレーキを踏む以前にギヤ明一段階落とす操作(シフトダウン)を行なつており、これにより制動作用が働いていると考えられるから、右シフトダウンが行なわれる前の本件車両の速度は、時速約九〇キロメートル前後と推認され、前掲甲第一五号証、証人太田清翁、同浦野隆の各証言中、右に反する部分は信用し難く、他にその推認を覆すに足りる証拠はない。

(三)  走行経路

前記スリツプ痕は、その位置から考えて、本件車両の前輪によつてつけられたものと認められる。そうすると、本件車両は少なくともA地点においては反対車線のしかも路肩寄りを走行していたことは明らかである。そして右の点に、前記スリツプ痕がA地点から本件道路に沿つて西に直進していることを併わせ考えると、前記浦野がシフトダウンの措置をとつた地点においても、本件車両は反対車線上を走行していたと推認するのが相当である。

これに対し、前掲証人太田清翁の証言中には、本件車両は中央線付近を走行していたところ、前記シフトダウンにより突然車両後部が右に回転し(いわゆるスピン状態)、車体は道路と直角の向きとなつたまま滑走したもので、前記スリツプ痕は後部右側車輪によるものと思われる旨の供述がある。しかし、前掲甲第六号証において、中央線付近からA地点に至るまでの間に右のような大きなスピン状態を示すスリツプ痕は何ら確認されていないのみならず、もし右供述のような大きなスピンが起つたのであれば、A地点を過ぎても車体は回転を続けるはずであるのに、前記スリツプ痕は少なくともB地点に至るまではほぼ直進し、その間スピンした形跡は全く認められないこと等に照らせば、前記証人太田の証言はたやすく信用し難く、他に前記推認を覆すに足りる証拠はない。

(四)  右(二)及び(三)で認定した事実に、前掲甲第六、第一五、第一七、第一八号証、丙第三号証並びに弁論の全趣旨を総合すれば、本件事故の態様は次のとおりと認められ、他にそれを覆すに足りる証拠はない。

すなわち、浦野は、本件事故当時本件車両を運転して、別紙見取図(一)中、〈1〉から〈5〉に至るカーブ地点を時速約九〇キロメートル前後の速度で進行したが、高速度であつたため、右カーブ地点を抜け切つたとき反対車線上に大きくはみ出してしまい、危険を感じてトツプギアーからサードギアーに入れかえたところ(シフトダウン)、その直後、本件車両は右に振れていわゆるスピン状態を起こしたが、その回転角がさほど大きくなく、ハンドル操作で体勢を立てなおすことができたのに、あわてた浦野は、A地点直前で急ブレーキをかけたため、折から降雨直後で路面が湿潤していたことから、車両はスリツプし、そのままB地点で左に回転し、横すべりの状態となつて滑走し、道路左側のコンクリート壁に衝突したものである。

4  以上の事実によれば、本件道路は制限速度が時速六〇キロメートルであり、しかも路面が湿潤していたのであるから、車両運転者としては制限速度を守るばかりでなく、より減速して慎重に運転すべきであつた。しかるに浦野は、制限速度を約三〇キロメートルも超えた高速で走行し、カーブを曲り切つた地点で急にシフトダウンをし、そのため本件車両はスピン状態になつたものの、シフトダウンによる右スピン状態は未だその回転角が大きくなく、ハンドル操作で体勢を立てなおすことができ、かつそれをしていたならば、本件事故現場を通過できたのに、同人はあわてて急ブレーキ措置をとり、しかも、早期にブレーキを緩めておれば、本件車両のコントロールを回復できたのにこれをしなかつたものであつて、そうだとすれば、本件事故はもつぱら浦野の右のような無暴かつ未熟な運転方法によるものというべきである。

四  以上によれば、被告住吉については、本件事故当時、事故現場付近において自動車の操縦に支障をきたすような土の堆積を放置していたとの事実が認められないこと前記三の2認定事実から明らかである。したがつて同被告に対して原告主張のような過失は認められない。

のみならず、前記三の3(三)で認定した事実によれば、浦野がシフトダウンの措置をとつた時点で、本件車両は反対車線上を走行していたことは明らかである。そうすると、仮に原告らの主張のとおり本件事故当時、現場付近に山土の堆積があつたとしても、その範囲は、前掲甲第六号証においても概ね本件道路の南側車線上であり、反対車線上にはわずかにはみ出しているにすぎないように記載されているから、前記シフトダウンにより本件車両がスピンを起こしたことについて、右山土の堆積が影響したとは考えられず、本件の全証拠によつても右山土の堆積と本件事故との因果関係は、これを認めるに十分でない。したがつて、この点からも原告らの被告住吉に対する請求は理由がないことになる。

そして、右のとおり被告住吉に対する請求に理由がない以上、被告兵庫県に対しても道路管理瑕疵の責任を認めることはできない。

五  結論

よつて、その余の点を判断するまでもなく、原告らの請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 広岡保 寺田幸雄 倉澤千巖)

特別費用明細表(57.2.26現在)

〈省略〉

別紙見取図

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